ニュージーランドで、銃乱射事件が起きた

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ニュージーランドのモスクで銃乱射、40人死亡・20人超重傷=首相 | ロイター

モスクはイスラム教徒が使うお祈りの場所。

キリスト教でいうと教会(church)。

引用したロイターの記事も、つい1時間前(投稿時間現在)に

更新されたばかり。

40人が亡くなっている。

pinaは一度、海外のモスクを見たこともあるし、礼拝の様子を聞いたこともある。

基本、イスラム教徒じゃないとモスクの中には入れないけれど

中の様子を再現した博物館のような場所もあったりする。

(聞いたことある、のはそういう意味

そこに入って、目にしたのは大きな木の椅子と法典だった。

礼拝中、ここに礼拝の主催者(神父みたいなものかな)が座り

唯一神アラーを讃える歌を歌ったり、法典を読んだりする。

その歌声は外まで響く。

本当にいい声なのだ。

男の人が息をたっぷりを吸って歌う。

抑揚の付け方も独特。

pinaは無宗教だけれど、なにか惹かれるようなものを感じたのを思い出す。

そこで出会ったイスラム教徒の人が、

みんな神様、宗教に対して真面目に教えを守る、ということを貫き通していて

かっこいいな、と思った。

教徒だから当たり前なんだろう、とは思えなかった。

日本に帰ってきてからだいぶたったが

今もそうとは思わない。

神様なんて目に見えないし、いくら「こういうものは食べてはいけない」「こういう行いはしちゃいけない」なんて言われたところで実感なんてわかないし。

「そんなのいやしないし」って軽くけなすことだってできてしまうのだ。

それらをバカにせず、敬意を払い、礼拝をする。

そうすることで、心を整えている。

シンプルに

すごいな、と感動した。

宗教の大切さや偉大さが身にしみてわかった。

自分の行いを誰かが見ている。

この考えは、どんな宗教であれ持つモットーのようなもの。

こういう場所で銃が打たれるのは、なんか心苦しい気がしてならない。

そもそも、神に救いを求めて集まっているような人が大勢いる場所で

銃を乱射される…

やるせない、とはこういうことをいうのでしょうか。

真面目な教徒が

「神様なんて!!」「結局こうかよ」

とサジを投げてしまうのではないか、と不安。

いや、そんな不安はいらないのかもしれないけれど。

そんな風に思った人が銃を乱射したのだろうか、とか。

自分なりに、思いが尽きない。

ざざっと勢いで書いてしまいました。

文が(普段よりもかなり)雑かもしれません。

ではでは

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